【き・ごと・はな・ごと(第14回)】東北の春に遊ぶゼンマイ採り

「ほれ、あったあった」
「えっ、これがゼンマイ?」

目をやると白いズングリとした塊がうずくまっている。丈は10センチほど。芽吹いたばかりのゼンマイは、濡れ落ちた杉葉と、瑞々しいフキの葉の隙間から頭を覗かせている。ふんわりとした綿毛を纏ったその姿は、まるで白い綿帽子を被った道祖神のようだ。

ヨモギとツクシが行列する畦を跨いで、崖下の茂みに足を踏み入れる。あたりは清涼な空気が漂う湿地で、コゴミ、ホソ竹、ワラビ、野アザミ、水芭蕉、ショウジョウバカマなどさまざまな山野草が乱れ生えている。木々の梢の間から漏れ差す逆光に目が慣れるにつれて「あっ、ここにも、あそこにも」と、白い真綿に包まれたゼンマイがポツリ、またポツリと増えていき、ついにはあたり一面がゼンマイの群れである。

ゼンマイといえば、ひょろりと細い茎に「のノ字」の頭を付けたもの、その先に申し訳程度の綿毛、てっきりそう思っていた。だが、生まれたばかりのぜんまいは、頭一つ大きな雄ゼンマイが、雌の数株を背丈の高い順に抱き抱えるかのように束になっている。それを覆う綿毛の豊かさにも驚いた。

ゼンマイ採りに案内してくれたのはかっての城下町、秋田県岩城町亀田(由利本荘市)にある天鷺村(史跡保存伝承の里)で『ぜんまい白鳥織』(商標・天鷺ぜんまい織)を織る山崎智子さんだ。

古くから、ここ秋田を始めゼンマイの宝庫である豪雪地帯では、食糧不足の冬に欠かせない保存食用のゼンマイの綿毛を、高価な綿の代用などに利用していた。布団や丹前に詰めたり、また、これは遊び道具だが・・・丸めて糸を絡げて手鞠の芯にしたりもした。これはとても良く弾むのだそうだ。その綿毛を綿などと混ぜ込んだ糸で織るのが『ぜんまい織』である。自家用としてはあちこちにあったのだろうが、亀田はこれを明治の頃にいち早く商業ベースに乗せて繁栄した。風合いも良く防寒、防虫に優れたものとして人気があり、全盛期には満州、台湾などまで販路を広げていたそうだ。

その亀田の製品も同様であるが『ぜんまい織』―は綿毛を木綿ワタなどと一緒に綿打ち機械などにかけ、そうして作った混紡の糸を織機にかけるものが一般的である。が、今、山崎さんが同輩の高野利津氏と共に手掛けているのは、絹の真綿を糸状に紡ぎながら、ゼンマイの綿毛と白い水鳥の羽毛を手で撚り入れていくという独特のものである。これも、明治の頃、ほぼ同様の技法で製品化されていたものを近年、町(岩城町)ぐるみで復活させたものである。

「本格的にゼンマイを採って商売にする人は、たくさん群生している北向きの険しい沢谷なんかへ入って行って、そりゃあ難儀しているのよ」と山崎さん。 いい場所を見つけたら、たとえ親兄弟にも漏らさない。ということで、今回の場所も黙っていようと思うのだが・・・・。この日の採取場所は崖下といえど、余りにも開けた場所である。山の切れ目にジャンボ機がノソっと現れたのも驚いた。

実は、ここも以前は陸の孤島といわれるほどの山中に位置していたとか。 隣町から来るにもまず秋田市内へ出て船で川を溯って来た程なのだという。それが空港ができて一挙に開発されたのだ。もともと、ゼンマイ山と呼ばれるほどにゼンマイが多い土地柄だったというから、今でもその名残で採れるのだろう。 さらに聞くと、この日のゼンマイは「山どりゼンマイ」と呼ぶ綿毛が多い種類のもの。食料として採取する人たちは、綿毛を取るのがめんどうだからと採り残すものだそうだ。 そんなこんなが幸いして、ともかくスーパーの大袋一杯ほどの収穫を得て、喜び勇んで凱旋し、それからがまたひと仕事。 岩城町史料館の事務所にて、館長の斎藤さんも交え、女三人での綿毛取りが延々と続くこととなった。 水を含んだゼンマイの綿毛を、ゴミを払いながら繊維を崩さないように剥ぐには、けっこう根気がいる。織りには充分に乾燥させてから使用する。綿毛の色には白っぽいものから、焦げ茶、黒まで微妙な違いがあり、これを四季折々の草木で染めた艶やかな絹の地色に添えると、独特の味わいのある紬となるのだ。

半日綿取りをしただけで、ツメと指先が灰汁で真っ黒に染まった。それほどのものだから、もちろんあく抜きをする。そうしたら、そのままお浸しや、煮物で・・・と思っていたら「美味しく食べるには、一度乾燥させてからでネとダメダ。軽く茹でてから日に干して、それからがまた大変だ。ただ干すだけでなく、日に何度も揉まネば。そうせネば藁のようになって食べられネ」という。

家の前でムシロを並べて干している方に聞いたら、仕上がるまで一週間~10日かかるという。ソバ粉でも捏ねるようにキュッキュッと揉む技にもコツがいるらしい。手間暇かけて、香りも滋養もとびきりの、あのゼンマイが味わえるのだ。食材も織物も、共に厳しい気候が生みだした人の知恵だが、今もその恵みが風土に深く根付いている。心地よい感慨に浸ったゼンマイ初挑戦の旅だった。

[写真-1]頭を覗かせるゼンマイ
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[写真-2]藪に分け入る
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[写真-3]ふわふわした綿毛
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[写真-4]織り場で糸を紡ぐ山崎智子さん
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[写真-5]綿毛を紡いだ糸
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[写真-6]天日干しの情景
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文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成10年(1998年)5月15日(金曜日)号

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ルポライター・菅野節子が日本女性新聞に1997年4月~2001年3月までの間月次連載した『き・ごと・はな・ごと』を当ブログにて週間復刻。全48回。

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13 7月 2011 ·

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菅野節子
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ルポライター、カメラマン。
※旅雑誌、生活情報誌、企業情報誌、ガイドブック等。

神社仏閣、祭礼、花木巡り、織姫探訪など…カメラ担いでの、ゆるゆる巡礼リポートを生業とする。

旧姓は鵜沼。羽後亀田の正念寺にて、亡き両親とご先祖様に奔放を詫びるのが毎年の習い。

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